冬の里山 眉山 黒岩神社  2010/1/23
          里山倶楽部四国編 

− 黒岩神社 眉山最高峰(290m) 眉山パコダ山頂(277m) 金比羅神社道 中津浦 −

今日は息子が帰って来るというので待っていたら遅くなるらしい。

一寸眉山を歩いてくる。

眉山は子供の頃から良く登ったが最近10年程登った事がない。

眉山は徳島市の中心街や紀伊水道から見るとなだらかな眉の様に見える低山。

富田小学校や中学校の校庭から正面に見えて朝礼の時など暇なので良く眺めていた。

友達とよく遊びに登った山だ。

テレビアンテナやパコダが立ち並ぶ277mのピークが山頂だと小さい時から思っていた。

しかし、眉山の最高地点(290m)は西へと延びる尾根上にある。

今日は、今まで登った事のない黒岩神社の登山口から登ってみよう。

八万のマルヨシで弁当を仕入れてから黒岩神社を目指す。



黒岩口のバス停から北にはいると直ぐに黒岩神社の標石がある。

此処から道なりに進むと団地の中の道となる。

立派な家が建ち並んでいるがどうもおかしい。

丁度ウォーキング中の二人連れの男性がやってきたので黒岩神社への道をお尋ねする。

この団地は城南台団地でこの先は行き止まりらしい。

「黒岩神社は入り口が難しいので案内してあげる」とまた道を下って行く。

一旦下りて西に向かう。

主婦の店からの道に出くわして北へと進む。



この辺の立派な家構えの農家は昔、椎茸で儲けたらしい。

山の中腹に銅葺きの黒岩神社が見える。

こんな所にも丁石が。



農道をどんどん進むと青石の道標がある。



青石の道標から人家の庭先に入り家の右脇を進むと、立派な黒岩神社の鳥居があり此処が登山口らしい。

此処でお二人とはお礼を言ってお別れ。

登山口10時42分



神社の参道は自然石の石畳を削って石段状にしてある。

歩きやすいが結構急だ。



緩やかになると左に木の鳥居があり山道が登ってきている。

地図を見ると先程の人家の左を巻く道があるので、その道かも知れない。

ご夫婦が下りてこられた。



古い看板があり右、眉山山頂。

その下に水戸光圀通りと書いてある??

しばらく登ると立派な鳥居



青石の階段を上ると福万山黒岩神社着

11時丁度



こんな山の中なのに立派な神社だ。

八万村史によると寛永年間(1704年〜1711年)伊勢神宮参拝の記念として先達の発議で勧請したらしい。

祭神は大山祗命

福万谷、柿谷の氏神として今でも崇められているとか。

御神水もあり綺麗な水が流れている。

その左に谷に降りる道がある。

役行者が祀られていて最近まで行をする人が居たらしい。



神社右の社務所の裏から山道が続く。



結構厳しい道を登る

眉山にはもう自然は残されていないのではないかと思っていたが、自然味豊かな道が続く。



緩やかな道となり275mのピークには二つの祠がある。

緩やかな下りの道を行くがなかなか分岐に着かない。



やがて道が東へと向いたので分岐を見落としたのか?と思った頃、従走路の分岐に着いた。

11時25分

大理石の立派な道標だ。



左へと曲がり従走路を進む。

途中で豊崎八幡宮への分岐があり少し右へと進んでみる。

この道は名東町の豊崎八幡宮登山口へと通じているらしい。

引き返して地蔵院堰方向へと進む。

従走路は何故か凄く寒い。

ジャケットを着込む。



11時38分眉山最高点(290m)に着いた。

雑木や竹でベンチが造られている。

何故かリュックが置いてある。

山頂標識は小さくて可愛い。

このピークには三角点はない。

眉山には四カ所三角点があるのにこのピークに無いのは不思議



南東の方向の木が刈られていて見晴らしがよい。

左は新浜町のマルナカの向こうに勝浦川

右は文化の森従走路

何か音がすると思ったらリュックの男性が木々を刈っている。

ご苦労様です。



今日はここから引き返す。

分岐まで帰ってパコダ山頂を目指す。

立派な祠がある。

金山神社と呼ばれているらしい。



祠の横には四等三角点「三谷」282.85m

少し下るとアンテナ搭



12時2分車道に飛び出る。

振り返って従走路入り口を見る。

従走路は気持ちの良い散策路だった。



車道を進むと蜂須賀正勝(小六)の墓所がある。



秀吉を男にしたと書いてある

立派なかんぽの宿の横を通る。

昔は眉山を歩いた時には、よく汗を流しに風呂に立ち寄った。



花見公園から山頂のアンテナ群を眺める。



南には文化の森従走路

その奥には中津峰から大川原高原へと続く山並み



12時28分山頂着

まずは剣山神社に向かう



此処は昔は剣山遙拝所だったが昭和41年に社殿を改装し剣山神社となった。

その頃の事は良く覚えている。



学生の頃、この神社にお参りして初めて徳島に剣山という山のある事を知った。

冬になると鮎喰の橋の上から西の山の奥に真っ白に輝く山頂が見えるのが剣山である事も知った。

それまでは木屋平や一宇が最奥と思っておりその更に奥の山の事を考えた事はなかった。

私がズック靴で初めて剣山に登ったのはその直ぐ後だった。



この壊れたアマチュア無線小屋を見ると胸が痛む。

私も昔はアマチュア無線に夢中になった事が思い出される。

400MHzと1200MHzの二段スタックのアンテナが無惨な姿をさらしている。



モラエス館の案内板が綺麗になっていた。




映画眉山の案内板も..



パコダ前から徳島市内を見下ろす

徳島が海と河に囲まれた水の都だと言う事がよく解る。



パコダは昨年改修されて綺麗になっていた。



パコダ前の一等三角点「眉山」277m



ロープウェイ前の展望所で景色を見ながら昼食

次々と小さな子供を連れた若い夫婦がやってくる。



東環状の新しい橋はかなり延びていた。

焼き餅を売っていたので購入するがこれは失敗。

昔の香ばしい焼き餅とは全く違う代物だった。

一旦下の広場に出てからまた金比羅道から帰ろうと思いつく。



NHKの裏から遊具広場に向かい途中で右へと階段を下りていく。

昔よく遊んだ道だ。

パコダから直接下りる事も出来る。



この道は中学生の頃良く通った。

道の真ん中の大木には見覚えがある。

新四国八十八カ所の仏さんが祀られているが全く記憶がない。



しかし、祠には大正5年とか刻まれているので昔からあったのだろう。

さすがこの道は登山者が多い。

次から次へと登ってくる。

道は良く踏まれてとても歩きやすい。



此処の仏さんは椅子の様な物に座ったのと普通のと二体がセットになっている。

珍しい。



道を巻いて下りると山腹道に出る。



こんな所に吉の川関の石像があるのも覚えていない。

この辺の印象が45年前とはかなり違う。

13時41分

何しろ中学校を卒業して以来30年も徳島には住んでいなかったので記憶が定かではない。



左へと下れば忌部さん。

この広場はその後車で来た事が何回かある。

真っ直ぐ勢見山経由で下ろうと思ったら病院の様な?マンションの様な建物。

仕方なくふれあい小屋の前からラブホテルの連なる車道を下りる。

昔行った事のある竹林院の標識を見て城南町から中津浦に出てマルナカにドンビシャ到着。

14時過ぎに帰り着いた。

久しぶりの眉山ウォークを楽しむ事が出来た。



里山倶楽部四国編
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